「円生と志ん生」

久しぶりのこまつ座の芝居。楽しさは比べようがないけれど、これまで観た10公演以上のこまつ座の芝居のうち、これは特に心に残る作品になった。

作品の舞台は昭和20年の大連。8月22日、ソ連軍が大連を封鎖し、三遊亭円生古今亭志ん生が、大連に閉じ込められる。二人の噺家を通して描かれているのは戦争だ。ミュージカル仕立てでピアノの生演奏も入り、井上さんらしく、深く、軽く、笑いも大切に描かれる重層的な芝居。

「この世の中にがらくたなんてひとつもありませんよ。みんな大事な宝物」・・・作品の言葉と空間にまた浸りたい。会期中にもう一度観ることは、できないだろうか。

盛大な拍手に、役者さんたちが少し涙ぐんでいたのが、わかった。きっとみんな、ひとりのよわい人間なのだと思ったのは、芝居に少し酔ったのかもしれなかった。

好き嫌いの別や、上手下手のちがいはありましょうが、はなし家は、たとえ彼がどんなはなし家であれ、その一人一人が<光>なのです。どんな名人でも、一人では名人かどうかわからない。どんな上手でも彼一人では、ほんとうに上手かどうかわからない。上手と下手が、古典と新作がたがいに光となり影となって、落語という凄い共同体をつくっている。(井上ひさし・公演パンフレットより)

写真展「バグダッド路上の子たち」

芝居が始まる前、紀伊国屋ホールの入口の隣で開催されている「バグダッド路上の子たち」という写真展を観た。生活も心も、荒れているのだと伝わってきた。芝居を観ながら、子供の瞳を思い出したりもした。

イラクからの報告―戦時下の生活と恐怖 (小学館文庫)

会場で江川昭子著『イラクからの報告』を購入。多くの写真と共に、湾岸戦争アメリカが使った約950万発の劣化ウラン弾によって白血病や骨のガンが増え、バグダッド市内の産院では、今でも約3%の確立で無脳症の赤ちゃんが生まれていると伝えられる。しかし経済制裁によって医薬品が入らないために治療が進まず、「治ったからではなく、薬がないから退院する」患者がいるという。

江川さんは、「アメリカが行っていることこそ、テロだ」という言葉をイラクで何度も聞いたそうだ。

イラク=平和国家」という考え方が、この国では常識である。湾岸戦争も、「アメリカによる侵略戦争」と位置づけられているし、この戦争以前から石油資源を狙うアメリカのイラクに対する策謀が行われていた、と教えられている。

イラクのある婦人は、9・11についてこう語ったという。「とてもかわいそうに思った。無実の人が犠牲者になって・・・私たちは国民に対する嫌悪感はありません。政府に対する嫌悪感があるんです」
別の女性の言葉。「私たちは平和に暮しているのに何でそれを壊すのでしょうか。イラクアメリカを攻めたことは一度もありません。私たちは平和に暮したいだけなのに」

江川さんの言葉。

2002年9月11日。同時多発テロ事件から一周年のこの日、ブッシュ・アメリカ大統領は演説の中で言った。「あらゆる命は尊い」 3000人近いテロ事件の犠牲者の命は、それぞれ尊いものだった。同じようにアジアの東端に住む私たちの命も、大陸の西に位置するイラクの人々の命も尊いはずではないか。