「私は海をだきしめていたい」


白痴 (新潮文庫)』所収、安吾の短編。ほとんど内容を忘れていたが、「女は果物が好きであった」というところを覚えていた。高校生の自分は、どんな気持ちでこの小説を読んでいたのだろう。

私は、不幸とか苦しみとかが、どんなものだか、その実、知っていないのだ。おまけに、幸福がどんなものだか、それも知らない。どうにでもなれ。私はただ、私の魂が何物によっても満ち足ることがないことを確信したというのだろう。私はつまり、私の魂が満ち足ることを欲しない建前となっただけだ。
「私は海をだきしめていたい」より

私の魂の行く先は誰が連れて行くのだろうか。私の魂を私自身が握っていないことだけが分った。これが本当の落伍者だ。生計的に落魄し、世間的に不問に付されていることは悲劇ではない。自分が自分の魂を握り得ぬこと、これほどの虚しさ馬鹿さ惨めさがある筈はない。
「いずこへ」より

愛情は常に死ぬためではなく生きるために努力されねばならないこと、死を純粋と見るのは間違いで、生きぬくことの複雑さ不純さ自体が純粋ですらあることを静かな言葉で説明したいと思った…
「外套と青空」より