夏目雅子さんのこと

乳房 (講談社文庫)
地下鉄のホームに骨髄ドナーを求める夏目雅子さんの広告があった。美しさと訴えかけるような瞳に惹かれて、電車を待っている間、ずっと見ていた。そして、夫だった伊集院静氏の「乳房」を読み返してみた。

哀しいシーンが折り重なっていく作品だけど、切なさだけに終わらないのは、心から愛する人に愛情を迎え入れてもらったからなんだと思う。ラストシーンはあたたかい。

―ずっと離れませんから。
数ヶ月もしないうちに里子は私に言った。

今ならストーカーと呼ばれてしまうかもしれない言葉も、美女が一途な気持ちをつらぬけば、吉と出ることもあるんだなぁと、詳しいいきさつは知らないのに、うらやましくも感じるのだ。

「病気になって嬉しいこともあるんだ」
と里子は言った。
「なぜだよ」
「だってパパに逢ってから、こんなに長い時間一緒にいるのは初めてなんだもの」
と嬉しそうに笑った。その言葉を聞いた時、私は自分の鈍感さに呆れた。何が何でもこの女と自分は、鎌倉のあのアパートに生還するのだと決意した。

きっと純粋で一途な人だったんだろうな。短くても、愛する人から愛される人生を生きられて、彼女は幸せだったと私は思う。