小林紀晴さんの講演会

写真家の小林紀晴さんの講演会へ行く。場所は神田三省堂。10年ほど前、『ASIAN JAPANESE』を読んでとても惹かれ、少々興奮しながら本好きの友人に勧めたことを覚えている。友人の一人はとても気に入ってくれ、その後その本は、ちょっとしたブームになった。続けてシリーズものが出版されたが、購入したのは最初の1冊だけだったから、それ程熱心な読者ではない。ただ、最初の本の印象が強く残っていて、どんな人なのか見てみたいと思った。

会社を定時に出て急いで神保町へ向かい、ほとんど開始時刻に着いた。エレベータに乗ると、途中階で5-6人乗り込んできた。その中に小林紀晴さんがいた。肌が少し焼けていて、ラフな服装。

会場は、20-30代の人がほとんど。スーツ姿の人が1-2人しかいない。小林さんは目がとても印象的で、ひきこまれそうな感じがする。何冊もの著書がある人というより、もっと初々しいような印象。小声で訥々と語ったが、語られた内容は魅力的で、とても落ち着いた印象を受けた。

対談相手のKさんのおしゃべりが少し過ぎていて、7対3位の割合で小林さんが聞き役だった。Kさんがペラペラと話し続けた内容は、自分の心を通りすぎていく言葉が多かったから、ただ空虚な気持ちで経っていった時間もあった。私はこんなことをやってきました、私の旅ではこんなことがありました、あれはいくらでしたなどというKさんの早口の話題が続く合間に、小林さんが語った言葉。

深い皺のある老人、存在感のある人に惹かれる。
ニューヨークは、写真を撮るところではないなと思った。アジア的なものや、アジアにいるときは、写真を撮りたくてしょうがない衝動があるが、ニューヨークではそれがない。
バンコックが好きで何十回も行っているが、行くと何もしないで、歩いたり、コーヒーを飲んだりしている。そういう時はいつも、とりとめのないことを考えていて、自分はそういう時間を求めているような気がする。
積極的でないかもしれないが、旅では、あたふたとするようなことを出来れば避けたいと思っている。ただ写真をすごく撮りたいという気持ちがあるから、それが緊張感になっているのかもしれない。

「でも、どこに行くの?何か目的があるでしょう!」と、Kさんがオクターブ高い声で問う。見事にかみ合わない質問に、私はつい笑ってしまった。そしてKさんはしきりに「仕事で行く旅は楽しくない。旅が仕事になると全く楽しくなくなる」と力説する。それについて小林さんが話した。

純粋に旅をしている時は、仕事のことを考えていない。好きな風景があって、それを切り取っておきたいと思う。風景や場所は所有できないので、フィルムの上に焼き付けて帰りたいという気持ちがある。
雑誌などの依頼で撮影する時以外は、撮った写真がいつ本になったり、形になるのか分からないから、写真を撮っている時には、仕事という意識なく撮り続けている。

どんなことにも好きだという気持ちは大切だ。自分がプロとしてお金をもらってやっている仕事を、たとえ不満が全てではなかったとしても、マイクを通して公に愚痴を語る人間を私は好まない。それはプロじゃないと感じる。どんな仕事であれ、仕事のうちの何か少しでも、楽しさとかやりがいを語る人を魅力的だと思うから。

将来、象の写真集をまとめたいと話した小林さんに対して、「木を倒して餌を食べる象は、自然破壊の元凶なんです!」とKさんが叫ぶに至っては、この人は一体何を考えているのだろうとさえ思ってしまう。小林さんの話をもっと聞きたかった自分には、少々フラストレーションが残ったが、これも彼の魅力が際立って面白かったのかもしれない。いつかまた改めてゆっくり話を聞いてみたい。

講演の後、『旅をすること』にサインを頂く。握手もしてもらった。講演会ラッシュは、もうしばらく続く。芸術の秋、だなぁ・・