「宇野千代の世界」

半休をとって、龍村仁監督のドキュメンタリービデオ「宇野千代の世界」を観るために世田谷文学館へ行く。上映は今日が最終日。龍村監督が、どのように宇野千代を撮るのか、とても興味があった。ビデオは約1時間で、「米寿お祝い編」宇野千代の故郷「岩国編」「湯ヶ島編」「私生活編」から成っている。

上映前、宇野千代の生前、龍村監督と交友があったと説明される。宇野千代の「或る小石の話」という作品は、龍村監督が宇野千代に持ち帰った土産が、モチーフとなっているそうだ。監督は、達吉という名で登場する。

昭和60年11月30日に開催された華やかな米寿のお祝いの場面から、ビデオが始まる。大振袖を着た宇野千代の手を引いて壇上に上がった瀬戸内寂聴は、宇野千代の魅力を、「心が自由であること、年齢に関係なく好奇心が旺盛であること、自分のしたことに後悔しないこと」と、簡潔に語った。

壇上で、尾崎士郎東郷青児、北原武夫に扮した俳優たちが登場し、宇野千代と短いコント。千代は、ハハハ・・と笑いながらも、ひとりひとりに懐かしそうに声をかける。ただただ可愛らしい。

故郷岩国では、「岩国港」を訪れて、「逃げて行く時はいつも、この港から逃げていました。三回出奔したような気がします。いつも母が見送りに来てくれました」。母とはお互いに「かぜひくなよ」と言って別れたという。それが無事を祈る言葉だったんです、と。「私は泣かないです。いつでも泣かないんです」。

湯ヶ島編では、湯本館を訪れた。湯本館の入口を見て、「入口は昔と同じ」とつぶやく。当時の写真を見て、「わたしきれい・・」とふと洩らす千代は、飾り気なく素直。千代が湯本館に初めて来たのは、30歳の時。尾崎士郎との別れ話に悩み、辛い青春だったと言った。

梶井基次郎との思い出を語り、「他の男にも惚れたけれど、他の男に惚れた気持ちとは比べものにならない。軽薄なものが少しも無い人で、梶井さんからもらったものがたくさんあります」と話していた。梶井は千代に気持ちを寄せていたが、「それは、つくった気持ちで応えることはできませんから」と上品に語った。「なんとなく、自分の生命が短いことを感得していたような気がします。いつ自分が死ぬかということを毎日考えながら生きている人の気持ちは、とても切実でしょうね」と。湯川屋にある「檸檬塚」を参っていたので、いつか私も行ってみたい。
「私の一生は、感動したものに対して走っていく一生でした」と、千代。