沼津へ

早朝から沼津へ行く。ある懐かしい場所を訪れた後、太宰が『思い出』を書いた「坂部酒店」へ行く。三島や伊豆の周辺は、太宰にちなんだほとんどの場所に行ったが、ここは初めて。住所を調べて地図を見て行ったので、すぐに見つかった。「沼津御用邸」行きのバスに乗り、御用邸の先の停留所、「志下(しげ)」で下車すると看板が見える。路地を入って1−2分の場所。頑丈そうな造りの日本家屋と古い酒蔵がある。

太宰の小説『老ハイデルベルヒ』のモデルとなった坂部武郎氏の兄、坂部啓次郎氏の息子さんがいらして、少しお話してくれた。叔父にあたる坂部武郎氏は、昨年亡くなったそうだが、太宰の話をすることもあったという。太宰が暮した当時は、最初の妻初代さんを連れていて、当時まだ1歳位だったその男性は、初代さんに子守をしてもらったという。今は高齢だがお元気そうで、目がきれいな人だなと思った。

母屋は、約100年前に建てられたそうだ。戸袋の板などは、川の水にさらしてから建てつけたそうで、今ではもう手に入らない材料も使って造られたと教えてくれた。家の中も、太宰がいた当時から変わっていないという。太宰は、昼間のほとんどの時間は坂部氏宅で過ごしたようだが、泊まっていたのは、裏側のお宅。今も同じ表札だが、家は建て替えられている。

酒造りは、戦前に統制があった時に止めてしまったそうだが、その時まで作っていた「静浦」という銘柄のラベルをくださった。あまり人には差し上げないのだけど、とおっしゃっていた。大切にします。『ピカレスク』の猪瀬直樹氏も、数年前にご夫婦で訪れたと聞いた。

海までは3分ほど。風が強かったけど、しばらく海を眺めて、三津浜の安田屋旅館へ向かう。