藤村記念館

島崎藤村記念館は、木曽路の、『夜明け前』に描かれた通りの山深く、とても素敵な場所にありました。

木曽路はすべて山の中である。あるところは岨づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いている。
島崎藤村『夜明け前』冒頭

藤村記念館のある馬籠から約9km、妻籠までの道程は、昔の中山道の面影を残すハイキングコースになっていて、海外からの観光客も多い。

馬籠は、明治・大正の2回の大火に遭い、藤村の生家も含めて多くが焼けてしまったが(その後復元)、記念館近くにある清水屋資料館は大火から逃れ、藤村が語らった囲炉裏なども残っている。

藤村は、美しい場所で生まれ、育ったのだなぁと思った。

電車で隣の席になった女性に、これから藤村記念館へ行くんですと言うと、素敵な話をしてくれた。藤村が親しみ、作品にも描いた恵那山を眺められる場所で、昔、お焼きを売っている男性がいて、その方は藤村の文学をとても愛していて、その女性に、恵那山が毎日異なった表情を見せると語り、いくつかの藤村の詩を暗唱してくれたと。

「わがこゝろなきためいきの その髪の毛にかゝるとき たのしき恋の盃を 君が情に酌みしかな」 島崎藤村「初恋」より

芸術は、いつかどこかで見知らぬ誰かの人生を、時に慰め、時に強く、支え得るもの。

木曽、岐阜の、美しい旅。秋。