『小説 智恵子抄』 佐藤春夫

小説智恵子抄 (人間叢書)
高村光太郎著『智恵子抄』をもとにして書かれた小説。詳細は分からないが、佐藤春夫高村光太郎は交友関係があったらしい。本書の巻頭に、高村光太郎が描いた「若き日の佐藤春夫」という題名の油絵が挿画されている。

智恵子抄』を最初に読んだのはいつだったか、確か高校生の頃だったように思う。智恵子の写真を見る前に、高村光太郎のその詩から智恵子に触れた私は、詩の中で理想化された智恵子を想像して、一体どんな美人でどんな肉感的な魅力を持つ女なのかと思った。

おそらく高村光太郎のアルバムだっただろう、最初に智恵子の写真を見た時には、可愛らしいがどちらかといえば地味な顔立ちに正直なところ拍子抜けし、妻は夫によっていくらでも理想化されるのだという印象を瞬時に受けてしまった。もちろん智恵子は十分に魅力的な人なんだけど。

高村光太郎が妻の智恵子を純粋に愛したこと、智恵子が夫を純粋に愛したことは本当だろうと思う。智恵子の控えめだが一途な性格を光太郎は愛したろうし、智恵子は光太郎の才能や自分へ向けられる愛情をまた愛したのだと思う。にごりがない、だからこそ狂気にもつながったかもしれない純粋な愛情の形は、やはり読者の心を打つ。

本書の後半から智恵子が分裂病を病む話が展開する。病みながらもなお、光太郎に対する愛情だけは純粋な形で最期まで持ち続け、光太郎もまた変わらず智恵子を愛し続ける。千点以上にもなる智恵子の残した紙絵は、全て夫に対して向けられた作品であり、夫のほかの誰にも見せることを嫌ったという。数年前に都内で智恵子の紙絵展を観たけれども、現在、智恵子の紙絵が多くの人に鑑賞され得るのは、智恵子の死後であり、また戦火にも紛れず、光太郎が大切に保管したからだといえる。

福島県安達町に智恵子の生家がある。併設されている記念館に智恵子の作品もたくさん展示されているが、数年前に行ったとき、紙絵が全て原画でなくコピーだったのが残念だった。

千駄木の団子坂から少し入った場所には、光太郎と智恵子の旧居跡がある。二人が新婚生活を過ごした場所という表示があるが、本書によれば、新婚から経過して後々の智恵子の発病まで住んだ土地だったのかもしれない。その土地の裏手には今でも高村という表札がある。今度、病院のあったゼームス坂へ行ってみよう。